Robin McKenzie

robin mckenzie

Robin Anthony McKenzie in his hometown Raumati, NZ.

Robin Anthony McKenzieは、1931年にニュージーランドのオークランドに生まれました。Wairarapa Collegeを卒業して、オタゴ大学に入学しました。1952年に、ダニーデンにある理学療法学科を卒業しました。1953年にウエリントンで理学療法クリニックを開業し、その後、脊椎患者の診療に興味を持つことになりました。

経歴

脊椎の診療に対する貢献が認められて、様々な国の医療界、科学界から多くの賞を受賞しました。McKenzieが提唱した理論やマネージメントの妥当性は、医学的にも確かめられています。

2004 アメリカ理学療法士協会が行った調査で、整形理学療法の分野において、世界で最も影響力のある優れた臨床家に選ばれました。
2000 ニュージーランドのメリット勲章 叙勲
1998 ニュージーランド理学療法学会 生涯名誉会員
1993 ロシア医科学アカデミーの名誉博士号
1990

英国理学療法士協会の名誉会員

大英帝国勲章 叙勲
1987 ニュージーランド徒手療法協会 生涯名誉会員
1985 ニュージーランド理学療法士協会 名誉会員
1984 アメリカ腰痛学会 会員
1983 国際腰痛学会 会員
1982 アメリカ理学療法士協会 生涯名誉会員

 

Video Interviews with Robin

 

第一線から引退後は、脊椎の問題に関する研究や診療の国際コンサルタントとして活躍しました。

こうした専門家としての多大な実績の一方で、Robin McKenzieはプライベートでも情熱を注いだことが3つありました。 その筆頭は、家族でした。自分の家族のことを、「自分の人生における大黒柱だ」と表現していました。家族は、昔、氏が、様々な反対、批判、中傷に出会い苦労していた時代に彼を心身ともに支えました。氏がその功績を要約認められた時は、共に祝ってくれました。そして、晩年、病気との闘いの時も彼を支えました。

セーリングとガーデニングは、McKenzieがこよなく愛した趣味でした。1970年、全長40フィートの二本マスト帆船を購入しました。そして、操船を自学習得し、帆船の長距離レースに何度も出場したほどの腕前を誇りました。ガーデニングは、完璧さを追求するほど手の込んだものでした。造った庭は大変美しく、そのうちの一つの庭は、植えてある植物がすべてニュージーランド固有のものばかりでした。

2013年5月13日、Robin McKenzieは、癌との勇気ある闘いの後、Raumati Beachの自宅で、愛する家族に見守られながら静かに息を引き取りました。愛する妻でありよき伴侶であったJoy McKenzie、4人の子供、6人の孫がその最期を看取りました。

Robin McKenzieの偉業は、彼の死後もずっと受け継がれるでしょう。1982に氏が設立した国際マッケンジー協会は、世界に展開する教育機関として発展しています。世界37カ国で、理学療法士、医師、カイロプラクター等の医療・保健・健康業務に携わる様々な専門家がマッケンジー法®を学んでいます。そして、国際マッケンジー協会の教育プログラムは、これからもますます発展し続けるのです。